2008年09月30日
間居の過ごし方
論語「大学」に「小人(しょうじん)間居(かんきょ)して不善を為し、至らざる所なし」とある。
間居とは暇があるということ。
小人は暇を持余していると何をするか判らんという。
私も小人の部類であるからそうかいなと思う。
論語ではかならず君子と小人とを比較して語る。
君子は仁・義・礼など兼ね備えた人。
社会的にリーダーたる人。
小人はその反対だと解釈する。
孔子が活躍した頃から戒める事が有ったんだ。
私はクリスチャンではないのだが
安息日は7日に1回と決めている。
みんなは連休が楽しみらしいが
私は読書や掃除する事を決めている。
クリスチャンは日曜礼拝に家族で出向いて
宣教師の講話と賛美歌を歌って六日間を反省する。
早朝から競馬や競輪場、パチンコ屋に足を運ばない。
お釈迦様は苦を八苦に分けて説いていらっしゃる。
この最初の四苦の中にある
貧乏・病気・冷遇・煩わしさと暇の四つに耐えることだ
と説いていらっしゃる。
私達人間にとっては
仕事を楽しみとする事が小人の務めではないだろうか。
私は金を使うことに抵抗があるから
せいぜい書物を買う事位に止めている。
http://www.kidsdream.co.jp/misumi/

間居とは暇があるということ。
小人は暇を持余していると何をするか判らんという。
私も小人の部類であるからそうかいなと思う。
論語ではかならず君子と小人とを比較して語る。
君子は仁・義・礼など兼ね備えた人。
社会的にリーダーたる人。
小人はその反対だと解釈する。
孔子が活躍した頃から戒める事が有ったんだ。
私はクリスチャンではないのだが
安息日は7日に1回と決めている。
みんなは連休が楽しみらしいが
私は読書や掃除する事を決めている。
クリスチャンは日曜礼拝に家族で出向いて
宣教師の講話と賛美歌を歌って六日間を反省する。
早朝から競馬や競輪場、パチンコ屋に足を運ばない。
お釈迦様は苦を八苦に分けて説いていらっしゃる。
この最初の四苦の中にある
貧乏・病気・冷遇・煩わしさと暇の四つに耐えることだ
と説いていらっしゃる。
私達人間にとっては
仕事を楽しみとする事が小人の務めではないだろうか。
私は金を使うことに抵抗があるから
せいぜい書物を買う事位に止めている。
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2008年09月28日
病に倒れるのも天命
四苦八苦の「四苦」の一つに病気の苦しみがある。私が育った田舎にはお医者さんが2軒だけだったが、当時は歩いていくか、自転車かもしくは病人をリヤカーに乗せて診察に行く手段しか無かった。もちろん現在のようにタクシーなんか1台も無かった。お医者さんはもと軍医で戦場に行きいろんな経験を積み上げた人だからこの一軒がまるごと総合病院だった。各家庭には越中富山から汽車を乗り継ぎ、箱に詰められた常備薬を売りに来ていた。おおかたこのクスリで治していた。又はお医者さんが自転車に乗って往診に回っていた。もちろん水道なんていった設備は無く、井戸水が生活水。村に流れている川の水は野菜を洗ったり、洗濯をしたり、馬を洗ったり、夏には子供の水泳場だった。いま考えるとなんとなく非衛生だったが、大病に掛る人は少なかった。現在はあちらこちらに診療所、医院、病院が建ち並ぶ。薬屋さんもファミリーレストランのように規模も大きくそして、スーパーマーケット化して便利だ。人々は少しでも体調が悪くなると、気軽に薬屋さんめぐりが出来るし、腋近くの貸しビルにはいろんな開業医さんがひしめいているのが原因だと思うが、競争が激しい割にはみんな残っている。それだけ老人の人口が増え続けているのだろう。しかし、人生には限度があり、「生者必滅」いずれは死が訪れる事を誰一人避けては通れない。
むかし、孔子の弟子に伯牛という人がいて、その人は誰もが認める「人徳」の持ち主だったそうだが、不治の病に倒れたらしい
。その時伯牛はなぜ自分ほどの者が不治の病に倒れなければいけないのか諦めきれずに悶もんと悩んでいたそうだ。
そこへ孔子が面会に訪れ、「もうおしまいだね」「運命なんだね」「こんないい人が病で倒れるなんてわからないものだ」と云ったと言う。病気に限った事ではないが何事も天命、運命と考えて割り切る必要もありはしまいか。
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むかし、孔子の弟子に伯牛という人がいて、その人は誰もが認める「人徳」の持ち主だったそうだが、不治の病に倒れたらしい
。その時伯牛はなぜ自分ほどの者が不治の病に倒れなければいけないのか諦めきれずに悶もんと悩んでいたそうだ。
そこへ孔子が面会に訪れ、「もうおしまいだね」「運命なんだね」「こんないい人が病で倒れるなんてわからないものだ」と云ったと言う。病気に限った事ではないが何事も天命、運命と考えて割り切る必要もありはしまいか。
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2008年09月27日
一人静かな時を持つ
朝5時に起きて窓を開け、新鮮な空気を戴きます。私がこの世に今日も存在できる事を確かめる瞬間でもあります。私を支えていただく皆さんが今日もお幸せでありますように般若心経と共にお祈りします。東光寺の住職が道端にあるお地蔵さんについて詠んだ句があります。「拝まない者も拝まれている。拝まないときも拝まれている」 この大宇宙に私が存在できる悦びに感謝して仕事に出かけます。夜は帰宅してお茶を頂きながら夜景を楽しむのが私にとっては至福のひと時です。
今日一日のやり残しや、明日の事など考えます。四苦八苦するときは論語の本を開いたり、人生道を導いてくれる本を読み直して自分の到らない部分を直すようにします。四つの苦は老いる苦しみ・病む苦しみ・死する苦しみそれに愛する者と別れる苦しみ・怨み、憎しむ苦しみ・求める物が得られない苦しみ・肉体と精神が盛んであればあるほどの苦しみ。合わせて八苦というそうです。「苦」は「にがい」ともいいますすが、本当の原義は「思うがままにならない」という意味らしいのです。しかし、思うがままにならない事をガムシャラに「思うがままに」しようと思いなさんなと説いています。世の中「ケセラセラなるようになるさ」と思うことも必要だろう。今日一日を大切に、そして楽しんで私は生きるだけ。「自灯明」みずからを灯火とせよだ。
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今日一日のやり残しや、明日の事など考えます。四苦八苦するときは論語の本を開いたり、人生道を導いてくれる本を読み直して自分の到らない部分を直すようにします。四つの苦は老いる苦しみ・病む苦しみ・死する苦しみそれに愛する者と別れる苦しみ・怨み、憎しむ苦しみ・求める物が得られない苦しみ・肉体と精神が盛んであればあるほどの苦しみ。合わせて八苦というそうです。「苦」は「にがい」ともいいますすが、本当の原義は「思うがままにならない」という意味らしいのです。しかし、思うがままにならない事をガムシャラに「思うがままに」しようと思いなさんなと説いています。世の中「ケセラセラなるようになるさ」と思うことも必要だろう。今日一日を大切に、そして楽しんで私は生きるだけ。「自灯明」みずからを灯火とせよだ。
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2008年09月26日
禍転じて福と為す
月刊誌「致知」10月号に「古典に学ぶリーダーシップの神髄」特集にりそな銀行の専務を経て数多くの企業の再建に尽力された伊原隆一さんが寄稿された中で、目についたところがある。
前漢の燕策が書いた「戦国策」に「禍を転じて福と為し、敗に因りて効を為す」
それは、禍が身に降りかかって来た時はその禍を脱却し、幸福な結果が得られるように努力をし、失敗をバネとして成功を遂げるよう努める。という意味だとある。
しかし、こうあるためには劉安が書いた淮南子のなかにある「禍の来るやを自ら之を生ず」という自覚が必要だ。即ち、禍が生まれたらそれはその事はその人自身が生み出したものであり、幸福が訪れたなら、それもその人自身がつくりだしたものだ。勝手に向こうからやって来るものではない。
14才で埼玉銀行(現りそな銀行)に入り、18才の時父親が莫大な借金を残して亡くなられたとあるが、自力で返済したとある。昭和42年専務まで上りつめたあと、多くの企業を再建しておられる。
いろんな場面を渡ってきた人の言葉は重い。もうすぐ百才になれるらしい。
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前漢の燕策が書いた「戦国策」に「禍を転じて福と為し、敗に因りて効を為す」
それは、禍が身に降りかかって来た時はその禍を脱却し、幸福な結果が得られるように努力をし、失敗をバネとして成功を遂げるよう努める。という意味だとある。
しかし、こうあるためには劉安が書いた淮南子のなかにある「禍の来るやを自ら之を生ず」という自覚が必要だ。即ち、禍が生まれたらそれはその事はその人自身が生み出したものであり、幸福が訪れたなら、それもその人自身がつくりだしたものだ。勝手に向こうからやって来るものではない。
14才で埼玉銀行(現りそな銀行)に入り、18才の時父親が莫大な借金を残して亡くなられたとあるが、自力で返済したとある。昭和42年専務まで上りつめたあと、多くの企業を再建しておられる。
いろんな場面を渡ってきた人の言葉は重い。もうすぐ百才になれるらしい。
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2008年09月25日
朝原宣治と王監督の引退
今朝はバス停の一部分の草取りをしてから仕事に出かけ、用事を済ませて15時ごろ帰宅した。やり残した草取りを済ませてテレビの番組で陸上選手の浅原さん(36才)の引退とソフトバンクの王監督の引退を知った。どちらともいずれは現役を退くことがわかってはいるものの一抹の寂しさがある。王さんは長島さんと巨人軍で共に野球界で輝かしい歴史をつくった偉大な人だ。
しかし、かならず「引退」する日が訪れる。次ぎは後輩達へのアドバイスをなさるそうで、頑張って欲しいと思うのは私だけではないだろう。そのあと私が若い頃、道頓堀にあった音楽喫茶「ナンバ一番」でバンドボーイをしていたタイガースが後に有名になったメンバーの岸部兄弟の実弟岸部シローの話題が出た。両眼が見えにくくなって入るらしい。女性週刊誌の中吊り広告でしか知らないが莫大な借金をかかえ、奥さんとも死別したぐらいは知っていた。ひどい緑内障で両目はかすんでしか見えないらしく右の目は相当ひどいらしい。もう治療の方法は今のところないということだ。人生波乱万丈でも天命に従って生きるしかない。何が待ち受けているか判らないが人生道を歩む道は幾つもある。天は次のステージをかならず用意するものだ。
六然訓に「失意泰然」があるが、失意の時はそんな時こそ泰然と構えなさい。案外と楽しみがあるものだといっているし、春風を以って人に接し、秋霜を以って自らを粛しむという格言もある。
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しかし、かならず「引退」する日が訪れる。次ぎは後輩達へのアドバイスをなさるそうで、頑張って欲しいと思うのは私だけではないだろう。そのあと私が若い頃、道頓堀にあった音楽喫茶「ナンバ一番」でバンドボーイをしていたタイガースが後に有名になったメンバーの岸部兄弟の実弟岸部シローの話題が出た。両眼が見えにくくなって入るらしい。女性週刊誌の中吊り広告でしか知らないが莫大な借金をかかえ、奥さんとも死別したぐらいは知っていた。ひどい緑内障で両目はかすんでしか見えないらしく右の目は相当ひどいらしい。もう治療の方法は今のところないということだ。人生波乱万丈でも天命に従って生きるしかない。何が待ち受けているか判らないが人生道を歩む道は幾つもある。天は次のステージをかならず用意するものだ。
六然訓に「失意泰然」があるが、失意の時はそんな時こそ泰然と構えなさい。案外と楽しみがあるものだといっているし、春風を以って人に接し、秋霜を以って自らを粛しむという格言もある。
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2008年09月25日
小人(しょうじん)
月刊誌「致知」10月号に現SBIホールディングの北尾吉孝さんが寄稿しておられるが、日本の豊かだった精神文化が現在は荒廃し、将来を担う多くの若者が確固たる仕事観・人生観を養うこともなく、刹那的に生きている事を憂いておられる。氏のご先祖は江戸末期の儒学者の血筋を受け継いでおられたため、子供の頃から中国古典「四書五経」に親しまれたそうだ。氏の人生観は大別して五つあるという。一、天の存在を信じる心。これは人目のない所でも天は自分を観ている。人が観ていなくとも自分を律する。二、仁天・仁運。これは自分のやるべきことを精一杯やった上で、天にお任せする。三、自徳。これは己を修める。人間いろんなものを失うが、何が一番失い易いかというと自己である。四、天命を悟る。これは自分の中にどういう素質が在り、どう開拓すれば自分をつくる事が出来るかが命を知ることだ。宿命的存在、動物的存在、機会的存在に陥らない為にも人間学を学ばなければならない。五、論理的価値感。これは信・義・仁である。(信)社会の信頼を失わない(義)正しい行い(仁)相手の立場に立って物事を考える。人間は情況に振り回され、考え方がブレてしまいがちです。だから、置かれた環境がどう変わろうともひとたび正しいと思った事は貫きとおす。そういう人間になるために自分を磨くことだという。
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2008年09月23日
モラルの欠如
私が小さな実践(ゴミのポイ捨てを集める)を始めたきっかけは朝夕利用するバス停をなんとか綺麗にしたいと思って雑草とタバコの吸殻をあつめたのが事の発端だ。どなたが付けたのか存じないが缶詰の空き缶を2缶吸殻入れにしてあるにも拘らず、わずか畳で云うと6枚ぐらいのあちらこちらに吸殻や飲料水の空き缶、などが捨てられていた。
其の頃、イエローハットの相談役鍵山秀三郎さんの著書(致知出版)と巡りあって、深い感動をいただいた。これをきっかけに私自身の精神修養の場としてはじめた。
半年以上にもなると、だんだんとゴミも少なくなり、今ではゴミ袋を用意する必要がなくなった。どなたかは判らないが協力者が出ているようだ。次の場所は阪急川西能勢口駅とJR川西池田駅を結ぶ陸橋に移した。ここは相当の乗降客がすれ違う場所で、ものすごい量のゴミだ。火がついたままの吸殻も中に含まれているのでたまにヤケドもするし、ゴミ袋が解けてせっかく集めたゴミが落ちてしまうし、そのまま備え付けのゴミ箱に入れたら火事の原因にもなりかねない。以前タバコを吸いながら歩く歩行者とすれ違がった人が火傷をおったらしく、注意書きがあるにも拘らずだ。駅の構内にはそれぞれコーナーがあるにも拘らずだ。やっと地元川西市では喫煙、ゴミ捨ての禁止区域に指定され、最初の1ヶ月は指導員が見回るらしく、収まらなければ他市同様罰金になるだろう。
日本人特有の「赤信号、みんなで渡れば恐くない」の心があるかぎり、この程度では無くなるとは思えない。人間の本性を替えるのはその場は抑えることが出来ても直らないだろう。当分ここが修養の場としていられるはずだ。「おかげさま」「有難う」
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其の頃、イエローハットの相談役鍵山秀三郎さんの著書(致知出版)と巡りあって、深い感動をいただいた。これをきっかけに私自身の精神修養の場としてはじめた。
半年以上にもなると、だんだんとゴミも少なくなり、今ではゴミ袋を用意する必要がなくなった。どなたかは判らないが協力者が出ているようだ。次の場所は阪急川西能勢口駅とJR川西池田駅を結ぶ陸橋に移した。ここは相当の乗降客がすれ違う場所で、ものすごい量のゴミだ。火がついたままの吸殻も中に含まれているのでたまにヤケドもするし、ゴミ袋が解けてせっかく集めたゴミが落ちてしまうし、そのまま備え付けのゴミ箱に入れたら火事の原因にもなりかねない。以前タバコを吸いながら歩く歩行者とすれ違がった人が火傷をおったらしく、注意書きがあるにも拘らずだ。駅の構内にはそれぞれコーナーがあるにも拘らずだ。やっと地元川西市では喫煙、ゴミ捨ての禁止区域に指定され、最初の1ヶ月は指導員が見回るらしく、収まらなければ他市同様罰金になるだろう。
日本人特有の「赤信号、みんなで渡れば恐くない」の心があるかぎり、この程度では無くなるとは思えない。人間の本性を替えるのはその場は抑えることが出来ても直らないだろう。当分ここが修養の場としていられるはずだ。「おかげさま」「有難う」
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2008年09月22日
巧言令色、鮮なし仁。
子日く、巧言令色、鮮(すく)なし仁。 孔子はこうおっしゃった。巧妙な弁舌に感情豊かな表情。そういう人は見せかけだけで、晋の思いやりが少ないものである。
ただのご機嫌取り、ゴマスリを周りに集めた権力者が「悦」に入っていると自ら持っている明徳が曇り、思わぬ不覚をとる。
仁(まごころ)を失い義(物事に適切)も失う。耳に心地が悪いことも聞く耳を持つことも大切ですよとおっしゃっている様に私には思える。私自身の耳には「自動耳栓装置」が在り、そんな言葉は聞き流している。その人の表情や目の動きをも観察する事が大切だ。ナポレオンヒルの著書の中にあった「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉を思い出した。八代亜紀が唄う「船唄」の中にも
「男は無口のほうがいい」と云っている。洋画にイタリアのマフィアのドンが幹部一同を集めた席でドンが大声で笑うと幹部連中も一斉に大声で笑い出すシーンがある。邦画でもお殿様が笑いだすと家来達もそれに連れて笑い出すシーンがある。しかしながら、寄席に行くと判るが、自分が共感する処で自由に笑い、共感しない処では笑わない。これは人間の心の中にある「損得勘定」が出るのだろう。
ただのご機嫌取り、ゴマスリを周りに集めた権力者が「悦」に入っていると自ら持っている明徳が曇り、思わぬ不覚をとる。
仁(まごころ)を失い義(物事に適切)も失う。耳に心地が悪いことも聞く耳を持つことも大切ですよとおっしゃっている様に私には思える。私自身の耳には「自動耳栓装置」が在り、そんな言葉は聞き流している。その人の表情や目の動きをも観察する事が大切だ。ナポレオンヒルの著書の中にあった「雄弁は銀、沈黙は金」という言葉を思い出した。八代亜紀が唄う「船唄」の中にも
「男は無口のほうがいい」と云っている。洋画にイタリアのマフィアのドンが幹部一同を集めた席でドンが大声で笑うと幹部連中も一斉に大声で笑い出すシーンがある。邦画でもお殿様が笑いだすと家来達もそれに連れて笑い出すシーンがある。しかしながら、寄席に行くと判るが、自分が共感する処で自由に笑い、共感しない処では笑わない。これは人間の心の中にある「損得勘定」が出るのだろう。

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2008年09月20日
好面誉人者
論語 荘子編に「荘子曰く、好面誉人者。亦好背而毀之。 口語訳では「荘子はおっしゃた。まのあたりの人を誉める事を好む人は、また背むきてこれを好む」。 これは「目の前でお世辞をいう人は裏に回って陰口をたたく者と解釈し、注意しなさい」。ということだそうだ。
他にも「巧言令色、鮮くなし仁」も良く知られている。 こちらは諸橋轍次訳では「人と交わる場合に、ことさらに言葉巧みに飾り、顔色態度をおこなうようでは人柄の中に人・道は殆んど存在しない。と云っている。
荘子にお言葉を頂戴しなくても私の周辺にもこんなC調なヤカラが多く居る。言葉の字は言の次に葉と書く通り、葉っぱには表と裏がある。これは智とは無関係で、多分生まれ持った性分だろう。私は見抜く目を持ち、仁(愛・誠)義(判断力)礼(秩序・調和)で接して差し上げなくてはならない。それと自分の事を過大評価する事もなく、過小評価する事
もない人生を送る。
他にも「巧言令色、鮮くなし仁」も良く知られている。 こちらは諸橋轍次訳では「人と交わる場合に、ことさらに言葉巧みに飾り、顔色態度をおこなうようでは人柄の中に人・道は殆んど存在しない。と云っている。
荘子にお言葉を頂戴しなくても私の周辺にもこんなC調なヤカラが多く居る。言葉の字は言の次に葉と書く通り、葉っぱには表と裏がある。これは智とは無関係で、多分生まれ持った性分だろう。私は見抜く目を持ち、仁(愛・誠)義(判断力)礼(秩序・調和)で接して差し上げなくてはならない。それと自分の事を過大評価する事もなく、過小評価する事

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2008年09月19日
節 操
論語にこんな言葉がある。
孔子はおっしゃった。君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩(さと)る。
孔子は君子と小人と比べて論じているが君子とは現代では道徳心の有る人、人間道をはずさない人。小人は其の反対で、不道徳な行いをする人、人間道を私のように知らない人だ。8割ぐらいはそのような人間がいると思える。さとるとは敏感とも謂う。君子は真っ先に正しい道筋に自分がいるかを考えるが、小人は真っ先に利益に叶っているかを考える。老子が唱えた自然に生きる事は現代には合致しにくい。我々人間は生きて行く為に利益も欲望も欠かせないことだが、必要以上に追い過ぎているのかもしれない。私の希望的観測ではこのままでは纏まりがつかなくなって道徳教育が始まり、200年後には世界が羨やみ、お手本になり尊敬される日本になるだろう。
孔子はおっしゃった。君子は義に喩(さと)り、小人(しょうじん)は利に喩(さと)る。
孔子は君子と小人と比べて論じているが君子とは現代では道徳心の有る人、人間道をはずさない人。小人は其の反対で、不道徳な行いをする人、人間道を私のように知らない人だ。8割ぐらいはそのような人間がいると思える。さとるとは敏感とも謂う。君子は真っ先に正しい道筋に自分がいるかを考えるが、小人は真っ先に利益に叶っているかを考える。老子が唱えた自然に生きる事は現代には合致しにくい。我々人間は生きて行く為に利益も欲望も欠かせないことだが、必要以上に追い過ぎているのかもしれない。私の希望的観測ではこのままでは纏まりがつかなくなって道徳教育が始まり、200年後には世界が羨やみ、お手本になり尊敬される日本になるだろう。

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2008年09月19日
小さな実践者の報告
今朝の毎日新聞に川西市が10月1日より阪急川西能勢口周辺とJR川西池田駅をつなぐ陸橋を路上喫煙禁止区域に指定し、ゴミのポイ捨てと共にマナーの向上を目指すという記事が掲載されていた。私は毎朝、毎晩用意したポリ袋に「おかげさま」「有難う」「感謝します」と唱えながらタバコの吸殻や空き缶、それに食べ物の袋など集めている。ゴミの無くなった実績としては今のところ1箇所だが将来的に小さな実践者の仕事が無くなればいいなと思う。記事として取材頂いた毎日新聞社の記者の池内敬芳という方に感謝申し上げます。又、私を行動に移すことをお勧め下さった我が師イエローハットの鍵山秀三郎相談役にもお礼申し上げます。人はどうしても目先の事だけに捉われ、足元(基本)を忘れがちです。道徳心や利他の心を持ち合わせていないといくら英知を駆使出来る人でも人間道から外れていると思います。口先だけでは人はついてこないのではないでしょうか。

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2008年09月18日
論語による地位の向上
論語に 必ず忠信を以って之を得、驕泰(きょうたい)以って之を失う。地位を得る志あれば、必ず忠信を以って之を得る。とある
自分自身に対して誠であり、人に対しても誠であること。そういう行いをしていれば自ずと地位を与えられる。
驕泰以って之を失うとは驕り、昂ぶり、侮るとせっかく得た地位や財産を失うとある。私達人間の本性は複雑で痛い目にあっても少し景気が良くなると驕りや侮りが出て失敗をしてしまい、また落ち込んで謙虚さを取り戻す。おなじ姿勢を貫き通すことは言うは易し、行いは難たしだ。知人の会社でも役職を解かれた彼は目覚めた結果再び復帰出来ている者もいれば、降格の儘甘んじている者もいる。現在は昔に有った終身雇用のシステムではない。地位を保ちたければ誠の精神を貫く以外方法は無い。
自分自身に対して誠であり、人に対しても誠であること。そういう行いをしていれば自ずと地位を与えられる。
驕泰以って之を失うとは驕り、昂ぶり、侮るとせっかく得た地位や財産を失うとある。私達人間の本性は複雑で痛い目にあっても少し景気が良くなると驕りや侮りが出て失敗をしてしまい、また落ち込んで謙虚さを取り戻す。おなじ姿勢を貫き通すことは言うは易し、行いは難たしだ。知人の会社でも役職を解かれた彼は目覚めた結果再び復帰出来ている者もいれば、降格の儘甘んじている者もいる。現在は昔に有った終身雇用のシステムではない。地位を保ちたければ誠の精神を貫く以外方法は無い。

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2008年09月18日
知行合一
知行合一(ちこうごういつ)は論語の解説を読むと古中国の王陽明が唱えた考え方で、知るという事は「行い」の始めであり、行わなければ本当に知ったとはいえない。この実践を重んずることが社会生活を営んで行く上に於いては非常に大切な事とある。
「社会が進歩する」といえば良い方に捉えがちだが、表裏一体で悪い事も生じる。人は自分にとって都合のいい事が善で、都合の悪い事は悪と考え、都合が良くなれば悪も善になり「時」と「相手」で変わる事がある。
論語の「大学」に古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は先ず其の国を治。其の国を治めんと欲する者は先ず其の家をととのう。其の家をととのえんと欲する者は先ず其の身を修む。其の身を修めんと欲する者は先ず其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は先ず其の意(こころばせ)を誠にす。其の意(こころばせ)を誠にせんと欲する者は先ず其の知を致す。知を致すは物を格(ただす)に在り。私は世情の大いなる乱れを観ると根本がここにあると思う。この句を逆に辿ればわかりやすい。
「社会が進歩する」といえば良い方に捉えがちだが、表裏一体で悪い事も生じる。人は自分にとって都合のいい事が善で、都合の悪い事は悪と考え、都合が良くなれば悪も善になり「時」と「相手」で変わる事がある。
論語の「大学」に古の明徳を天下に明らかにせんと欲する者は先ず其の国を治。其の国を治めんと欲する者は先ず其の家をととのう。其の家をととのえんと欲する者は先ず其の身を修む。其の身を修めんと欲する者は先ず其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は先ず其の意(こころばせ)を誠にす。其の意(こころばせ)を誠にせんと欲する者は先ず其の知を致す。知を致すは物を格(ただす)に在り。私は世情の大いなる乱れを観ると根本がここにあると思う。この句を逆に辿ればわかりやすい。

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2008年09月17日
法律は少ない方が良い
論語に 子日く(孔子)、訟を聴くこと吾猶(われなお)のごときなり。必ずや訟無から使めんかと。情なき者は、その言葉を尽くすを得ず。大いに民の志を畏れしむ。此れを本(もと)を知ると謂う。
今の世の中、何かに付けて法律でガンジガラメになっている。民が乱れると其の都度新法や条例が増える。司法に携わる弁護士さんも勉強会などで対応している。弁護士事務所に行くと本棚に所狭しと六法全書があるがこれだけ暗記するのは大変であろうと同情する。金額にしても相当な金額に違いない。しかし、法律が増えこそすれ、法律が減ったのだろうか。私は減ってはいないと思う。それだけ自我を通したり、互いに情愛の心が失われてきた証なのかもしれない。簡単な調停で和解してしまうと弁護士業も大変だと思うが争い事の無い平和な世の中が一番良いに決まっている。
今の世の中、何かに付けて法律でガンジガラメになっている。民が乱れると其の都度新法や条例が増える。司法に携わる弁護士さんも勉強会などで対応している。弁護士事務所に行くと本棚に所狭しと六法全書があるがこれだけ暗記するのは大変であろうと同情する。金額にしても相当な金額に違いない。しかし、法律が増えこそすれ、法律が減ったのだろうか。私は減ってはいないと思う。それだけ自我を通したり、互いに情愛の心が失われてきた証なのかもしれない。簡単な調停で和解してしまうと弁護士業も大変だと思うが争い事の無い平和な世の中が一番良いに決まっている。

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2008年09月16日
論語 大学より
大学の道は明徳を明らかにするに在り。民(たみ)に親しむに在り。至善に止まるに在り。この解説を読むと、至善に至って止まるとは一(はじめ)に至って止まる。一と止まるで「正」の文字につながり、「正」しいとは道義、道理に叶っている事だとある。自分には都合が良いけど何処からみても正くない。反対に自分に都合が悪いけど何処から見ても正い。という場合があると説く。
私のように浅学非才な凡人は自分中心に善・悪を考える傾向が在り、自分に都合の良い事。好ましい事が善で、都合の悪い事、イヤな事、嫌いな事、憎らしい事を悪としているように思う。しかし、何かの拍子でイイ人だと思った人が「顔を見るのもイヤ」だとか反対にイヤだと思った人が「イイ」人にになったり入れ替わる事がある。
「人間道」の道のりは私にとっては永い道のりだ。
私のように浅学非才な凡人は自分中心に善・悪を考える傾向が在り、自分に都合の良い事。好ましい事が善で、都合の悪い事、イヤな事、嫌いな事、憎らしい事を悪としているように思う。しかし、何かの拍子でイイ人だと思った人が「顔を見るのもイヤ」だとか反対にイヤだと思った人が「イイ」人にになったり入れ替わる事がある。
「人間道」の道のりは私にとっては永い道のりだ。

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11:33
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2008年09月16日
人と事業の使命一考
今は亡き松下幸之助さんに関する本の中にお父さんが相場に手を出して失敗され、貧しいドン底の生活が始まり、小学校四年生で中退して、丁稚奉公など転々と職場を替えながら、電気工事会社で二股ソケットを造るヒントが浮かび、独立して町工場を創ったとあります。事業が発展して行く中で松下さんに別の悩みが生まれたとある。「事業は自分の利益のみではたして動くべきものなのか>。別の世界があるのではないだろうか」。ここで社会公共のためになすべき「事業使命」と言うものがある事をお感じになられたとある。わずか小学校四年生で中退した松下さんに比較して、最高学府を極めた人達が修身、修養面で相当欠如して毎日のように新聞紙上を賑わせている。お疲れ様としか云いようが無い。

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10:49
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2008年09月14日
パラリンピックに学ぶ
北京オリンピックに続き北京パラリンピックが始まり、我が日本からも各種目に多数の選手が活躍しているのを新聞やテレビの報道番組で見せていただいている。いろんな障害を克服して頑張っていらしゃるが、勿論、惜しくも選考に漏れた方々もいらっしゃるに違いない。また、スポーツに限らず健常者に混じってそれぞれの職場で障害を乗り越えて頑張って下さる方もおられるのです。我々人間は動物と神様や仏様との中間に位置し、どちらの方向かって「成人」するかで変わってしまうと教えられています。
最近、特に不祥事や偽装など愕善とさせられる報道がとうとう日常になってしまいました。他国の選手にパラリンピックに於いてまでもドーピングが発覚しているそうです。参加する事に意義があると私は常づね教えられてきました。
私が愛するこの日本は日本武尊(やまとたけるのみこと)の国であり卑怯な事を恥じる国でもあります。是非とも競技を存分に楽しんでいただきたいし、裾野が広がり「仁」とか「義」を取り戻してみんなが楽しく暮らせたらと思う一人です。
最近、特に不祥事や偽装など愕善とさせられる報道がとうとう日常になってしまいました。他国の選手にパラリンピックに於いてまでもドーピングが発覚しているそうです。参加する事に意義があると私は常づね教えられてきました。
私が愛するこの日本は日本武尊(やまとたけるのみこと)の国であり卑怯な事を恥じる国でもあります。是非とも競技を存分に楽しんでいただきたいし、裾野が広がり「仁」とか「義」を取り戻してみんなが楽しく暮らせたらと思う一人です。

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09:21
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2008年09月13日
小さな実践者 4
私はお恥ずかしい話ですが田舎の高校しか出ていない無脳力な人間です。そこで60の手習いで人間道を導いてくれる書を読み「晩節を汚さない生き方」を学んでいます。当然若い頃はお金儲けのテクニックやノウハウに関する講演会や書籍で学びました。しかしながら人それぞれには持って生まれた器が有り、例えば盃に丼の水は入らないとさとる事ができなかったのです。今は「道徳」の道から落ちない「人間道」の方がいかに難しいか判ります。20才に成れば誰でも公平に成人と成りますが、右から読む「ひと」と「なる」は努力が必要です。信念も必要です。論語の四書五経の礼記に「大学」があり、魂を磨く為に現在学ばせていただいています。

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10:55
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2008年09月13日
小さな実践者 3
阪急電鉄「山本駅」・「中山駅」から山手の住宅地へ阪急バスが通勤、通学の足として運行しています。「ちいさな実践者」もおかげさまで利用させていただいています。わたしが利用するバス停は1年前にはゴミがいっぱいでした。最初は雑草が生えてみっともないので刈り取りとあわせて面積にすると3坪程度の小面積なものですから休日に道具とゴミ袋をもって始末をしていました。いまではきれいになりました。協力してくださる方もあるようで、朝も夜も1本のゴミも有りません。
これがあたりまえの事です。あたりまえの事が出来ないのも人間です。周囲への思いやりとか心遣いなど家庭生活や職場での動きが垣間見えるようにも思えるのです。
これがあたりまえの事です。あたりまえの事が出来ないのも人間です。周囲への思いやりとか心遣いなど家庭生活や職場での動きが垣間見えるようにも思えるのです。

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09:15
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2008年09月12日
小さな実践者 2
選挙が近づいているからか、センセー達の朝立ちが多くなった。いつもの陸橋でのタバコの吸殻拾いも迷惑をお掛けしていると思います。心からお詫び申し上げます。しかしながら、大声で歩行者に訴えていらっしゃるセンセーの足元にはコーヒーの空き缶、吸殻が5本落ちていたんです。朝早くから我々庶民の暮らしの事を真剣に考え、訴え、君子は終日乾乾。ご多忙とは思うのですが「言葉」だけではなく「小さなことからコツコツと」お願いしたいものです。

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09:38
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